良い病棟とは、見かけが良いことでなく、患者に常時、新鮮な空気と光、それに伴う適切な室温を供給しうる構造のものである
ナイチンゲールは「病院覚え書」にこの言葉を残した。建築設計や医療の専門家が沢山の議論を重ねてたどりつくような本質を、この短い言葉で切り取っている。病院は建築構造で患者の快復を導くべきだという、徹底的にユーザー視点に立った設計思想だ。
普通、思いつくか、これ?
調べていくと、彼女の幼少期の教育環境がすさまじい。フランス語、イタリア語、ギリシャ語に加え、ラテン語、哲学、数学、天文学、経済学、歴史、美術、音楽、文学、心理学……。これらすべてを学んでいたというのだから、もう家庭教育の域を超えている気がする。
でも、ただ知識が豊富だったからすごいのではない。すごいのは、それらの教養を視点として身につけていた点だと思う。物事をいろんな角度から捉える力が育まれていた。建築として、医学として、統計として、福祉として、宗教的倫理として。
ナイチンゲールが看護に統計学を持ち込み、女王に伝えるためにデータをグラフ化した、という話は有名だけど、あれも「誰に、どう伝えるか」という翻訳の力だ。機能する伝え方を、本能的にか努力の積み重ねかで分かっていた。
おそらく、「良い病棟とは」という冒頭の一文も同じ。単なる理念ではなく、空気・光・温度といった構成要素を、患者の命の視点から選び取っている。その上で、それがどう設計に反映されるべきかまで踏み込んでいる。これはもう、思想と技術の橋渡しだ。すごすぎる。
初出:note